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松山地方裁判所 昭和32年(ワ)478号 判決

原告 吉岡真吾

被告 有限会社楽屋 外一名

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告等は原告に対し、松山市湊町三丁目四六番地所在家屋番号同所第五二番の三店舗兼居宅木造瓦葺平家建建坪三〇坪四合五勺のうち、東側階下一四坪八合一勺(別紙図面中斜線を施した部分)を明渡せ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

請求の趣旨記載の建物は原告の所有であるが、被告等はいずれも原告に対抗しうべき正当な権原がないのに、右建物のうち東側階下一四坪八合一勺(別紙図面中斜線を施した部分、以下右部分を本件家屋という)を占有している。よつて原告は被告等に対し所有権に基き本件家屋の明渡を求める。

と述べ

被告有限会社楽屋(以下被告楽屋という)の主張に対し

一、(1)  原告が訴外隠岐盛衛に対し被告主張の日にその主張の如き約定で本件家屋を賃貸したこと、原告が右隠岐に対し被告主張の期間内に右賃貸借の更新を拒絶する旨の通知をしなかつたこと、原告が右隠岐に対し被告主張の日にその主張の如き本件家屋の賃料の支払方を催告し、且つ右賃料の支払を受けたこと、及び被告楽屋の設立年月日及びその人的組織が被告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。

(2)  被告楽屋の社員が、現在前記隠岐と同人の家族のみによつて構成されているとしても、被告楽屋も右隠岐とは法律上別個の人格であるし、また右隠岐等が将来その持分を他に譲渡すれば、本件家屋が原告の予想しない者によつて使用されることになるのであるから、被告楽屋の本件家屋の使用関係は転貸借として賃貸人である原告の承諾を要するものと解すべきである。

二、原告と前記隠岐との間の本件家屋の賃貸借は、原告を申立人とし、右隠岐を相手方とする松山簡易裁判所における起訴前の和解によりなされたもので、右和解において成立した和解条項第一項で賃貸借期間を昭和三二年六月末日までと定めた外、同第三項において、「相手方は申立人に対し昭和三二年六月末日限り前記家屋を申立人に明渡すこと」、同第八項において、「申立人及び相手方は前記第一項の賃貸借契約期間満了六ケ月以前において、協議の上右賃貸借期間を更新又は延長することができる」旨定められていたところ、その後右隠岐から原告に対し右和解条項で定められた期間内に更新の申入れがなかつたので、右各和解条項により前記賃貸借は昭和三二年六月末日を以つて終了したものである。

三、かりにしからずとするも、前記和解手続において成立した和解条項第六項には「相手方は申立人に無断で他に前記家屋を転貸しないこと」と、また同第七項において、「相手方が前記第三項の期間内といえども前記第二、第五、第六項の義務に違背したときは、何等の意思表示なくして本件賃貸借契約は解除され、相手方は申立人に対し右家屋を明渡すこと」と定められていたが、前記隠岐は前記のとおり昭和三一年八月三〇日被告楽屋を設立してその頃原告に無断で本件家屋を同被告に転貸したので、右和解条項により前記賃貸借は既に解除されている。

もつとも原告はその後右隠岐に対し被告主張の如き本件家屋の賃料の支払方を催告したが、それは当時右隠岐が、前記賃貸借がなお存続していると主張しながらその賃料を支払わないので、かりに右隠岐が主張する如く前記賃貸借が存続しているとしても、同人が一定の期間内に賃料を支払わなければこれを解除する旨通知したのに過ぎず、仮定の上に立つた催告であるから、原告において右賃貸借が当時存続していることを認めたものではない。

と述ベ

証拠として甲第一乃至第四号証を提出し、証人吉岡八重子の証言、原告本人尋問の結果並びに検証の結果を援用し、乙号各証の成立はすべて認めると答えた。

被告等訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁並びに被告楽屋に関する抗弁として

一、原告主張の請求原因事実中、原告が請求の趣旨記載の建物を所有していること、及び被告楽屋が右建物のうち店舗の部分(別紙図面中(イ)の部分)を占有していることは認めるが、その余は争う。

二、本件家屋は訴外隠岐盛衛が原告から賃借中であるところ、被告楽屋は右隠岐の有する賃借権の範囲内で、又は適法な転借権に基き本件家屋中店舗の部分を使用しているものである。すなわち、

(1)  右隠岐は昭和二九年六月二五日原告から賃料月額二五、〇〇〇円、賃借期間昭和三二年六月末日までとの約定で本件家屋を賃借し、以後右隠岐は原告との合意により右賃貸借を更新した。

(2)  かりに右賃貸借更新の合意がなかつたとしても、原告から右隠岐に対し前記賃貸借期間満了前六ケ月乃至一年以内に更新拒絶の通知がなされなかつたので、前記賃貸借は借家法第二条により法定更新されたものである。

(3)  なお右隠岐は原告に対し昭和三二年一一月分までの本件家屋の賃料を支払つていたが、原告が賃料相当の損害金として受領したため以後未払になつていたところ、原告から昭和三五年五月二〇日右隠岐に対し昭和三二年一二月分から昭和三五年四月分までの賃料合計金四二五、〇〇〇円の支払を求める旨の催告がなされたので、右隠岐は同年五月二七日原告に対し右金員を支払つたが、原告のなした右賃料支払の催告は前記賃貸借がなお存続していることを前提としているものというべきである。

(4)  しかして被告楽屋は、右隠岐が昭和三一年八月三〇日経営面の考慮から本件家屋において会社組織で営業するため設立した有限会社であつて、その営業内容は従前の営業と同一であり、その人的組織も右隠岐と同人の妻が社員となり、取締役には右隠岐が就任し実質的には右隠岐個人の営業と全く同一であるから、被告楽屋の本件店舗の使用関係は転貸借ではなく、右隠岐の有する賃借権の範囲内で、事実上本件店舗を使用しているものである。

(5)  かりに被告楽屋の本件店舗の使用関係が転貸借にあたるとしても、被告楽屋と前記隠岐との関係は前記のとおりであつて、右隠岐が被告楽屋に本件店舗を転貸したことは何等原告との間の信頼関係を破壊するものではないから、右転貸につき原告の承諾を要しないものと解すべきである。

(6)  かりに右転貸が原告の承諾を要する場合であるとしても、原告はかねて右隠岐が本件店舗において会社組織で営業することを了承しており、右隠岐が被告楽屋を設立したときも、同被告が本件店舗を使用することを承諾した。

三、以上要するに、被告有限会社らくだやは全く本件家屋を占有していないし、被告楽屋の本件家屋中店舗の部分の占有も、前記のとおり正当な権原に基くものであるから原告の本訴請求は失当である。

と述べ

原告の主張に対し、

一、右隠岐と原告との間の本件家屋の賃貸借が原告主張の如く、松山簡易裁判所における起訴前の和解によりなされたものであること、及び右和解において原告主張の各和解条項が定められていたことは認めるが、その余は争う。

二、起訴前の和解により成立した建物の賃貸借にも借家法の適用があると解すべきところ、原告主張の和解条項中第三項は、同法第一条の二及び第二条に違反し且つ借家人に不利益な約定であるから同法第六条によりその定めなきものと看做すべきであり、また、同第八項も当事者間で賃貸借期間の更新又は延長の協議が調つた場合は格別、協議が調わなかつた場合は前同様その定めなきものと看做すべきである。

と述べ

証拠として、乙第一乃至第一六号証を提出し、証人石村頼衛、同丸井喜十郎、同隠岐郁子の各証言並びに被告楽屋代表者隠岐盛衛の本人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立はすべて認めると答えた。

理由

第一、被告楽屋に対する請求について、

一、本件家屋が原告の所有に属すること、及び被告楽屋が本件家屋のうち店輔の部分(別紙図面中(イ)の部分)を占有していることは右当事者間に争いがない。本件家屋中その余の部分については、被告楽屋代表者隠岐盛衛の本人尋問の結果並びに検証の結果を綜合すると、被告楽屋は本件家屋のうち別紙図面(イ)を除くその余の部分をも占有使用していることが認められる。

二、しかして被告楽屋は、本件家屋は訴外隠岐盛衛が原告から賃借中であるところ、被告楽屋は右隠岐の賃借権の範囲内で本件家屋を占有使用しているに過ぎない旨主張するので考察する。

(1)  右隠岐が昭和二九年六月二五日原告から賃料月額二五、〇〇〇円、賃借期間昭和三二年六月末日までとの約定で本件家屋を賃借したことは右当事者間に争いがない。

(2)  被告楽屋は、その後右隠岐と原告との合意により右賃貸借は更新された旨主張し、被告楽屋代表者隠岐盛衛の本人尋問の結果中には一部右主張に副うような供述部分があるが、にわかに措信し難く他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。なお、原告が昭和三五年五月二〇日右隠岐に対し昭和三二年一二月分から昭和三五年四月分までの本件家屋の家賃の支払方を催告し、右隠岐からその支払を受けたことは右当事者間に争いがないけれども、被告楽屋代表者隠岐盛衛の本人尋問の結果によれば、原告は前記賃貸借の期間が満了した昭和三二年七月以降右隠岐が提供した家賃を家賃として受領せず、損害金という名目で受取つていたことが認められ、右事実に成立に争いがない乙第五号証の記載を綜合すると、原告のなした前記賃料支払の催告も、原告としては前記賃貸借が既に終了しているものと考えていたが、右隠岐がこれを争うので、かりに右隠岐主張の如く前記賃貸借が存続しているとしても、右隠岐において家賃を支払わなければこれを解除する旨の意思を表示したのに過ぎないことが窺われるので、これをもつて合意による更新がなされたことを認める資料とするに足りない。

(3)  次に法定更新の主張について判断する。原告が前記賃貸借の期間満了前、即ち昭和三二年六月末日より前六ケ月乃至一年以内に右隠岐に対し前記賃貸借の更新を拒絶する旨の通知をしなかつたことは右当事者間に争いがない。

しかるところ、原告は前記賃貸借は起訴前の和解によりなされたもので、その和解条項中に賃貸借の更新に関する特別な定めがあるから借家法第二条の適用はない旨主張するので案ずるに、前記賃貸借が原告を申立人とし右隠岐を相手方とする松山簡易裁判所における起訴前の和解手続によりなされたもので、右和解において成立した和解条項第一項において、賃貸借期間を昭和三二年六月末日までと定めた外、同第三項において、「相手方は申立人に対し昭和三二年六月末日限り前記家屋を明渡すこと」と、また同第八項において、「申立人及び相手方は前記第一項の賃貸借契約期間満了六ケ月以前において、協議の上右賃貸借期間を更新又は延長することができる」旨定められていたことは右当事者間に争いがなく、右和解条項第三項と第八項を相互の関聯において考えると、前記賃貸借の当事者間において、所定の期間内に賃貸借期間を更新又は延長する旨の合意が成立すれば、その合意したところによるとする反面、若し右合意が成立しなければ、前記賃貸借は期間満了と同時に当然終了する旨を定めたものと解すべきである。しかし起訴前の和解は訴訟行為としての性質と共に私法行為としての性質をも有し、前者の効力は後者の効力によつて左右される関係にあるのみならず、就中本件和解については、被告楽屋代表者隠岐盛衛の本人尋問の結果によれば、当時右隠岐と原告との間で本件家屋の賃貸借関係について格別争いがあつたわけではなく、むしろ右両者の間で本件家屋につき新に賃貸借契約を締結するに当り、いわばその契約書を作成する代りに便宜起訴前の和解手続を利用したのに過ぎないことも窺われるので、前記和解条項については実体法規である借家法との関係でその効力を判断すべきものである。

しかして前記和解条項第三項及び第八項が前叙の如く一面において賃貸借当事者間において期間の更新又は延長の合意が成立しない場合は期間満了と同時に終了する旨を定めたものである以上借家法第一条の二及び第二条の規定に牴触し、且つ借家人に不利益な定めというべきであるから同法第六条によりその定めなきものと看做されるわけである。

そうすると結局原告と右隠岐との間の本件家屋の賃貸借については、同法第二条により前記賃貸借期間満了の際、前賃貸借と同一の条件を以つて、但し期間の点については民法第六一九条第一項但書の適用により期間の定めのないものとして、更に賃貸借をなしたものと看做すべきである。

(4)  次に成立に争いがない甲第一号証、同乙第一三号証、同第一四号証の各記載、証人隠岐郁子の証言(後記措信しない部分を除く)及び被告楽屋代表者隠岐盛衛の本人尋問の結果を綜合すると、隠岐盛衛は前叙の如く昭和二九年六月二五日原告から本件家屋を賃借したが、その際本件家屋を主として店輔として使用することは相互に了解されていたこと、右隠岐は本件家屋において各種毛糸、服地、雑貨等の小売並びに委託販売業を始めるに当り、会社組織で営業する方が税金の関係或は取引の信用上何かと好都合であるところから、まず隠岐商事有限会社を、次いで有限会社喜久屋を設立し、それぞれあらかじめ原告の承諾を得て右会社名義で本件家屋において営業していたが、営業不振に陥入り、両会社とも解散することになつたので、昭和三一年八月三〇日更に同一営業を目的とする被告楽屋を設立し、以後被告楽屋として本件家屋において営業を行うに至つたこと、しかし、被告楽屋は資本の総額が金一〇万円で、その社員も右隠岐と同人の妻郁子の二名に過ぎず、取締役には右隠岐のみが就任し、同人が業務の一切を掌握しているいわば右隠岐の個人会社であつて、右隠岐個人と会社との区別も必らずしも明確でなかつたこと、そのため右隠岐は被告楽屋に本件家屋を使用させるに当り、特に同被告との間で転貸借契約を結ぶような手続もふまず、また原告に対しても、従来本件家屋において会社組織で営業した際いずれも原告の承諾を得られたことや、被告楽屋の実態が叙上の如きものであるところから、当然原告の意思に反しないものと考え、敢えて原告の承諾を求めなかつたこと、及び原告もまた被告楽屋が本件家屋を使用していることに対し、本訴の提起に至るまで一年有余の間何等異議を述べた形跡はないことがそれぞれ認められ、証人吉岡八重子、同隠岐郁子の各証言及び原告本人尋問の結果中右認定に反する部分はたやすく措信し難く、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、被告楽屋の本件家屋の使用関係は、所謂転借としての実体も形式も有さず、むしろ右隠岐の有する賃借権の範囲内で事実上本件家屋を使用しているものとみるのが相当であり、且つ原告は右隠岐が本件家屋を使用するについてかかる使用方法をとることを少くとも暗默のうちに容認していたものと認めるのが相当である。そうすると、被告楽屋の本件家屋の占有使用は原告の意思に反しない、適法なものというべきで、結局被告の主張は理由がある。

原告は、右隠岐が被告楽屋に本件家屋を使用させたことをもつて転貸借にあたるものとして、前記賃貸借は解除された旨主張し、且つその理由として、現在被告楽屋の社員が右隠岐の親族に限られているとしても、将来右隠岐らがその持分を他に譲渡すれば、本件家屋が原告の予想しない者によつて使用されることになるから被告楽屋の本件家屋の使用関係は転貸借にあたる旨主張するがしかし被告楽屋の社員や組織あるいは会社自体の規模の変更等の問題は、現実にそのような変更が生起したとき、その事実をも斟酌して転貸ないし賃借権の譲渡の存否をあらためて判断することになるだけで、少くとも現段階においては、被告楽屋の本件家屋の使用関係が転貸にあたらないこと前説示のとおりであるから、原告の右主張は理由がない。

三、しからば被告楽屋が原告所有の本件家屋を不法に占有していることを原因とする原告の同被告に対する請求は理由がない。

第二、被告有限会社らくだやに対する請求について

一、本件家屋が原告の所有であることは右当事者間に争いがない。

しかして原告は、被告有限会社らくだやが本件家屋を占有している旨主張するので案ずるに、検証の結果によれば、本件家屋に「らくだや」と記載した看板が掲示されていることが認められるけれども、右事実のみでは未だ同被告が本件家屋を占有していることを認めるに足らず、他にこれを認めるに足る証拠はない。かえつて前掲乙第一四号証の記載並びに被告楽屋代表者隠岐盛衛の本人尋問の結果と弁論の全趣旨を綜合すると、被告有限会社らくだやは有限会社喜久屋として昭和三〇年四月四日設立され、同年七月三一日前記の如く商号を変更したもので、設立当初から本件家屋を使用して営業を行つていたが、昭和三一年六月一三日松山地方裁判所において解散命令が発せられたため、目下清算手続中であつて、現在本件家屋を使用していないことが認められる。

二、そうすると、被告有限会社らくだやが原告所有の本件家屋を不法に占有していることを原因とする原告の同被告に対する請求も理由がない。

第三、よつて原告の被告等に対する各請求はいずれも失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 矢島好信 谷本益繁 吉田修)

図面〈省略〉

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